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留学体験談

体験談No.001 Ryoheiさん

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コミカレ新聞、第1回目の留学生体験談は、オレゴン州のコミュニティカレッジに留学し、その後日本の大学へと編入された河野亮平さんのインタビューさせて頂きました。

 ―亮平さん、今回はインタビューよろしくお願いします。まず初めに、亮平さんがアメリカに留学しようと思ったきっかけを教えて頂けますか?

1番の理由は野球です。アメリカの大学で野球の勝負がしたいと思い、アメリカ留学を決めました。私は中学から始めた野球を高校まで続けましたが、高校野球を終えたときは、自分の実力では大学では通用しないと、野球を辞めるつもりでいました。しかし、いざ野球から数ヶ月離れると、やっぱり野球を続けたい!と思うようになりました。そして、どうせやるならとことんやりたい、全く新しい環境で勝負したいと思い、野球の本場アメリカに興味を持ったことが始まりでした。

―野球をきっかけにアメリカに留学したという亮平さんですが、実際にアメリカで野球をしてみてどうでしたか?

コーチや監督はフレンドリーだし、練習時間は短いし、ウエイトトレーニングはかなり多いしと最初は戸惑うことが多かったです。特に最初は練習時間の短さを物足りなく感じていましたが、次第にその中でどうやって結果を出していくかを考えるようになりました。試合で結果を出すためのメンタルを作るために脳の本を読んで勉強したり、日本にいた時はしたことのなかったウエイトトレーニングに力を入れたりしました。また、グランドでの練習は実験の場だと思って仮説を立てて練習に臨むようなりました。そうするうちに練習時間は短いのに、日本にいた頃よりもずっと野球が上手くなっているのがわかりました。アメリカの野球を経験して、結果を出すために必要な考える力が身についたと思います。

 ―初めて留学した時の事を教えてください。英語はどのくらい話すことができましたか? 

英語は短いフレーズが少し言える程度だったと思います。留学の直前に英会話教室に行って、集中して勉強をしていましたが、現地で話される英語はとてつもないスピードで聞き取ることができなかったのを覚えています。アメリカの語学学校での最初の授業で、頑張って英語で発言したときに、先生から『huh?(ハア?)』と言われたのは今でも思い出です。また、私生活でも、電話や会話、買い物など、すべて英語がかかわってくるので、とても大変でした。ハンバーガーショップでランチをしようとした時、ハンバーガーと一緒にペットボトルに入った水が欲しかったのですが、それをうまくオーダーできませんでした。ペットボトルに入った水は『bottled water』というのですが、それが何度やっても聞き取ってもらえず、最後は諦めてオレンジジュースを頼みました。18歳にもなって、水も頼めないのかと落ち込んだのを覚えています。

―英語面で、初めは日本とのギャップを感じることもあったのですね。文化や習慣などの面ではなにか日本とアメリカの違いを感じることなどありましたか?

たくさんありました。小さなことで言えば、アメリカではよく名前を呼んでもらいました。挨拶などの時も、『おはよう、リョウヘイ』などと名前を呼び合っての挨拶が当たり前でした。 他には、アメリカのほうが時間にルーズだと思います。バスは時間通りには来ませんし、友達も約束した時間に来ることはありません。それにいちいち腹を立てていてはやっていけないので、当たり前と思うようにしていました。 後は、アメリカ人は自分の意見を持っているなと思うことが多かったです。授業もディスカッション形式のものが多いですし、その中で自分の意見を持って発言する力を付けているのだと思います。日本は先生からの一方通行の授業が多かったですが、アメリカではこうしたディスカッションが多かったです。

―私生活の面でも違いを感じることは多かったのですね。そんな中で、大学に通われていたので、もちろん授業を受けるわけですが、アメリカの大学の授業などはどうでしたか?

最初はかなり大変でした。当たり前ですが、授業は全て英語で行われるので、まず、先生が何を言っているのか分かりませんでした。そのため、授業後に先生に個人的に質問に行って課題や次の授業の範囲を聞いていました。 課題が信じられないほど多く出される授業もあり、家に帰って寝るまでの時間は課題ばかりしていました。

―なかなかハードな生活ですね。その中で、亮平さんなりに生活面や学習面などで工夫をしていた事、他の人より頑張った点などはありますか?

野球と学業を両立させることを意識していました。野球は朝6時から1時間のウエイトトレーニングがあり、午後は2時から3時間ほどチーム練習をして、その後は2時間ほどの自主練習をしていました。授業以外のほとんどの時間を野球に費やしましたが、その中でも、授業の成績はGPA3.5以上が取れるように取り組みました。あいだの時間をうまく使って課題を終わらせたり、当たり前ですが、一回の授業でなるべく多くを理解することを心がけました。 また、英語もしっかりと話せるようになりたかったので、日本人のいない環境に身を置き、チームメイトやコーチ、先生らと積極的に話すことを心がけました。そのおかげか、英語はかなり伸びたと思います。

―大変なことも多かった留学生活だと思いますが、亮平さんにとってアメリカ留学とはどのようなものでしたか?

自分を大きく成長させてくれたものだと思います。留学をした3年間、野球と勉強に真剣に取り組めたことが本当に自分を成長させてくれたと思います。高校卒業後すぐの留学だったので、留学に行く前は多くの人に反対されました。しかし、もし留学に行っていなかったらと考えるとゾッとするくらい、大切な経験をたくさんしました。

―亮平さんにとって、アメリカ留学はとても大切な経験となっているのですね。そんなアメリカ留学を終え、現在はどのようなことをされているのですか?

アメリカのコミュニティカレッジを卒業後、日本に帰国して、関西外国語大学に三年次編入をしました。現在は同大学の4回生で、4月から関西の私立大学の職員として就職が決まっているので、4月からは社会人になります。自分と同じように留学したいと考える学生のサポートができたらと思っています。 野球も硬式のクラブチームで続けており、全日本クラブ選手権を目標に活動しています。

―ご卒業、そして就職おめでとうございます。これからもぜひお仕事に野球に頑張ってください!! 最後に、この記事を読んでいる将来留学を考えている後輩たちにメッセージなどありましたらお願いします。

留学は自由なことが多いです。自分の意識や心の持ちようで、生活の質がどんどんと変わっていきます。成長する人はどんどんと成長できる環境がありますし、意志の弱い人はどんどん堕落することもできると思います。留学は自由なぶん、自分で作っていく部分が多いです。自分は何を求めて留学に来ているのかを心に留めて生活することで、迷うことなく進めると思います。

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